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人生がうまくいく人の自己肯定感‐読む自己肯定感

このコーナーでは自己肯定感に関する本や論文などを”ななめよみ”しています。
今回は書籍「人生がうまくいく人の自己肯定感」をななめよみ。

自己肯定感こそが人生のもっとも重要なカギを握っている

自己肯定感ーこれと似た言葉に「自尊感情」というものがあります。
この二つは混同されていることが多いようですが、自己肯定感と自尊感情は似て非なるものです。自尊感情は「他人との比較」のなかで得る、自分の方が優れている、成功している、高い地位についている…といった、いわば「優越感」であり、一時的なものでしかありません。
(中略)
ところが現代人の関心は自尊感情を高めることばかりに向けられています。そのために目先の利益を求めたり、一時的な成功を手に入れることに躍起になったり、ときには人を傷つけてしまったり…。人生にとってより大きな意味を持つ自己肯定感は蔑ろにされています。

一億総自己肯定感欠乏症。それがこの時代です。

自己肯定感と自尊感情の違いがわかりやすく説明されていました。
「現代人の関心は自尊感情を高めることばかりに向けられています」これが一生懸命やっても満たされない原因なのかもしれませんね。

心が折れやすくなってしまった、いまの人たち

親に否定されて育った人は、自分自身を肯定することができません。すると、大人になり子どもを持つようになっても、子どもがちょっとしたことで駄々をこねたり、いうことを聞いてくれなかったりしたとき、「子どもに否定されるのではないか」と恐怖を覚えるようになります。
その恐怖や不安から逃れたくて、「子どもに対して無理矢理にでもいうことを聞かせる」という行動にでるのです。
(中略)
戦時中や戦後間もない頃の子どもたちには、まだ耐性がありました。「心の抵抗力(レジリエンス)」を持っていたのです。
(中略)
今の若い世代の人たちは耐性が弱くなった、心が折れやすくなったのです。つまり葛藤の世代間伝達を跳ね返す心の力がガクッと弱くなってしまったのです。
その結果として、葛藤、トラウマに押し潰されてしまい、自己肯定感を持つことができず、引きこもりやうつになってしまう人が増えているのです。

自己肯定感が低くなる12の原因 6~7でも書いていますが、自己肯定感が低い人が親になると、子どもにも否定されるのではないかという不安があります。そのため、子どもが言うことを聞かない、ちょっと反抗することは恐怖であり、その恐怖から逃れるために、無理矢理にでも従わせようとするのです。
子どもを否定することで、自分が否定されることを避けようとしているのです。当然、子どもの自己肯定感は低くなります。

こういう親は昔からいたけれども、今の子たちは心の耐性が弱いばかりに、ダイレクトに受け止めてしまい傷ついてしまうのですね…。
心の抵抗力はこれからもどんどん弱くなっていくでしょうね…。

「自己肯定感」とは、こんな感覚のこと

自己肯定感は優越感とも、もちろん、劣等感とも違います。それらを乗り越えたところにある感覚です。
(中略)
相手も認めるし、自分も認める、これが自己肯定感の基本です。
(中略)
変えようのないことで悩まない。そういった生き方の姿勢も、自己肯定感を確立し、高めていく条件の1つになるのです。

「相手も認めるし、自分も認める、これが自己肯定感の基本です。」

これはまさに尊重です。
健全な自己肯定感があると尊重できるのです。
自己肯定感が高い人 18の特徴>尊重できる

「減点法」では、いつまでも自分を好きになれない

完璧主義者の自己肯定感は概して低下しやすいものです。逆に自己肯定感が低いから完璧主義者になるとも言えます。

これも納得です。
自己肯定感が低い人 30の特徴>完璧主義者でも書いていますが、自己肯定感が低い人は、常に完璧であることを求めます。なぜなら完璧ではないと価値がないと思っているからです。

全ての人から高く評価されたい

誰からも批判されず、全ての人から高く評価されたいという気持ちがとても強く、そのためには、少しのミスもあってはいけないという意識があって、それが完璧主義に繋がっています。

自分に満足することがない

自分に満足することはほとんどありません。『もっとこうすればよかった。』『なんで上手くできなかったんだろう。』と、いつも自分のミスをわざわざ探してしまいます。他人には気づかないような、些細なミスでも気になって満足できないのです。

他人にも厳しい

完璧を求め自分に厳しい人は、他人にも厳しくなりがちです。常に他人のミスや欠点に目についてストレスを溜めてしまいます。完璧であることはめったにないため、他人にも満足せず、不足感や不満といつも隣り合わせの状態です。そのような感情で接していると、相手からも嫌われて関係がギスギスしてしまいます。

たとえば、美容整形で自己肯定感は高まるか?

外見的な変化に愛せる自分を求めても、一定の効果はあるかもしれませんが、本物の自己肯定感を高めることにはつながらないといっていいと思います。あるがままの着飾らない自分を愛せるのが、本物の自己肯定感です。つまり、「素の自分」をまるごとそのまま肯定するということです。
(中略)
「生きているだけで素晴らしい自分」を愛すること。それが究極の自己肯定感。

私は、美容整形だって悪くはないと思うのです。
例えば、一重が好きじゃなくてメイクを楽しめなかった人が、二重にすることでメイクを楽しみ、そこから自信を持つことができるなら…ようは、きっかけとしての美容整形はアリだと思うのです。

以前、『ニキビがひどくてメイクができないし、顔を見られるのが嫌でいつも下を向いて歩いている』というお客様がいました。
その方が美容皮膚科でピーリングを受けて肌がキレイになったことで、上を向けるようになったんです。もちろん、メイクもできるようになりました。
すると、暗いと思っていた性格まで変わってきたんです。
こんな経験があるので、きっかけとしての美容整形などは私は賛成なんです。

でも、きっかけを超えて依存していってしまう人も多いのも事実。もっともっととあっちもこっちも整形するようになると…自己肯定感が高まることにはつながりませんね。

自分に無理をさせない人は、自己肯定感が高い

無理を重ねるのは、現状に満足できない、もっといえば、今の自分を受け入れられないからなのです。
(中略)
「べき思考」は自己肯定感の低下を招きます。

これは納得です。
私も自己肯定感が低い時は無理ばかりしてました…(;^ω^)

自己肯定感が低い人ががんばりすぎてしまうのも、まさにこれが理由。
がんばりすぎて疲弊している女性が多いです…。『がんばらないようにしよう』という気持ちでは解決できないんです。
自己肯定感が低い人 30の特徴>がんばりすぎる

過去にいつまでも心を注がない

「人は昨日にこだわり、明日を夢みて、今日を忘れる」
(中略)
後悔も不安も自己肯定感の低下を招く要素です。そんなどうすることもできないこと、どうにもならないことは「放っておく」。
(中略)
「自分ができることは『いま』『目の前』にある『一つ』のことしかない」
(中略)
「ないものねだり」はきっぱりやめる。これは自己肯定感を高く持つうえで大切なことだと私は思っています。そして、「ない」ものに向いていた目を自分に「ある」ものに向ける。

これも納得です。
私も自己肯定感が低い時は、今という瞬間を楽しめていませんでした。

必要なのは「自尊心」よりも「自慈心」

自己肯定感の土台にあるものは何か…。そう尋ねられたら、私はこう答えます。「自分を大切にすること、その心を持つことです」
(中略)
自慈心は、自己肯定感の土台になるものです。少し表現を変えれば、自慈心という土壌の上に自己肯定感は芽吹き、育ち、大きく花開いていく。
(中略)
一方、人には「自尊心」というものがあります。文字通り、自分を尊ぶ心です。自慈心この自尊心に近いという気がするかもしれませんが、違います。自尊心という言葉は「自尊心をくすぐられる」「自尊心を傷つけられる」といった使われ方をします。違いはこの言い方が明確に示しています。自尊心をくすぐられるのも、傷つけられるのも「誰か」によってです。つまり、自尊心は自分と関わりがる相手、その誰かによって左右される。くすぐられもするし、傷つきもする、ということでしょう。
(中略)
そのときどきの状況によって、関わる相手の対応によって乱高下するのが自尊心であり、一方、自慈心は状況がどうあろうと、相手の対応がどのようなものであっても、決して揺らぐことはありません。

自慈心という言葉を初めて聞きましたので、調べてみました。

自慈心とは読んで字の如く、自分を慈しむという意味です。 自分を慈しみ、大切にすることが、人に対しても思いやりを持って、温かく接することができると思います。 自分を扱う姿勢は、他人に対する接し方につながっていると思います。 … 人間は、この世に生まれてきたときから、すべての人の存在そのものに価値があります。

自慈心 – 心の栄養

なるほど。なるほど。
自己肯定感と自尊心は同じような意味だと思っていたけど、「自尊心をくすぐられる」「自尊心を傷つけられる」といった使われ方から考えると、違いますね!

美意識を養うことは、大きな力になる

自己肯定感を培っていくうえで大きな力になるのが「美意識を養う」ということです。
(中略)
美しいと思えるものをとにかくたくさん見ること。美しいものにたくさん触れること。
(中略)
自己肯定感が不足している人は、どんなものを見ても美しいと感じられません。
(中略)
美しいものを見続ける、触れ続けることによって、心に変化がもたらされます。

これも納得です。

親子関係と自己肯定感

親が常に指示をするということは、子どもには選択権が与えられないということです。いくつかの選択肢の中から、自分でどれかを選び取る。自主性を育むためには、それが不可欠の要件です。
(中略)
自主性の乏しい大人には、自分で考え、自分で決定した行動に根差した成功体験が絶対的に不足しているのです。
(中略)
親の言いなりになって育ち、自主性が欠落している人は、下の世代に対して指示を出すことができません。
(中略)
褒める、認めるといったことを通して、子どもの自己肯定感を高められる役割として、親以上の存在はありません。
(中略)
子どもは「自分はこの人に大切な存在と思われている」「あたたかく見守られている」ということを実感します。これは自己肯定感を高める極めて重要なポイントなのです。

自己肯定感を高める子育て 7つの方法自己肯定感が低くなる12の原因 1~5で書かれていることを重複しますね。

「見返り」を求めなければ、すべてが好転する

自己肯定感の高い人は人間関係で悩むことはとても少ないといっていいでしょう。彼ら、彼女らは自分を慈しむ心、自慈心が高く、それは他人を慈しむことにつながります。自分に対して思いやることのできる人は、誰に対しても思いやることができ、おおらかに接することができるのです。
(中略)
一方、自己肯定感が不足している人は、相手に対して「見返り」を求めてしまいがちです。見返りといっても、相手に同じレベルのことをしてもらうというだけでなく、自分が相手のために何かしたら、とにかく「リアクション」が欲しいのです。
たとえば、感謝です。
相手から「ありがとう」の言葉があったり、感謝の表情を見せてくれたりすれば、「ああ、自分のしたことはよかったんだ」と胸をなで下ろすのですが、それがなかった場合、考え込んでしまいます。「自分がしたことは、かえって相手にとっては迷惑だったのかもしれない。余計なことをしてしまったのかな…」と不安でいっぱいになるのです。
(中略)
自分の行為に対して、見返りがあろうとなかろうと、心が揺れたりしないのが自己肯定感の高い人です。

自己肯定感が低い人 30の特徴>見返りを求めるでも書いていますが、自己肯定感が低い人は見返りを過剰に求めます。「ありがとう」という言葉を強制するような人もいます。

例えば、友達にプレゼントを渡す…というようなシチュエーションの時

自己肯定感の高い人は「◯◯ちゃんに似合いそうなものを見つけたから」とプレゼントし、たとえ「ありがとう」の言葉がなかったとしても気にしません。なぜなら、友達にプレゼントを買ってあげた時点で自分が満たされているからです。友達から喜んでもらえ、ありがとうと言ってもらえれば、さらに満たされるのです。

一方、自己肯定感が低い人は、自分が勝手に買ったにも関わらず、相手からの「ありがとう」がなければ満たされないのです。

自己肯定感が低い人は喜びや満たされ感を他人に依存しているのです。

できるだけ、いい人といい時間をともに過ごす

いい人と付き合えば自分も良くなり、自己肯定感が高まる。よくない人と付き合えば、自分もよくない方向に誘われ、自己肯定感も低下していく。そういうことが言えます。
きわめてシンプルなことですが、「できるだけいい人と付き合って、ともにいい時間を過ごす」というのが、自己肯定感を高める大きな力になります。

まさにその通り。
自己肯定感を高める18の方法&習慣> 自分を認めてくれる人たちと付き合う(環境を変える)でも書いています。

相手に”もたれかかった”つながりは危険

むやみやたらに人とのつながりを求める人は、自己肯定感が高くないといえます。自分をうまく肯定できないから、一人で立ち続けていることができないのです。そこで、誰かに慕われている、可愛がられている、頼りにされている…という保証が必要になる訳です。
こういった自己肯定感に課題を抱えている人達は、ときとして相手に対して100%のつながりを求めがちになります。

特に女性が恋愛の場面で顕著に出やすい傾向かなと思います。
自己肯定感が低い女性の恋愛 20の特徴>共依存関係になりやすい

自己肯定感をマヒさせる「群れ」の心理

群れというのは自己肯定感に対する意識をマヒさせるものです。
自分の価値を正しく認識することが、自己肯定感と緊密に関わってきます。自分に価値があると感じれれれば、自己肯定感は高まりますし、価値なしと思えば、自己肯定感は低くなります。群れていると、その価値について考えなくてすむのです。

なるほどな~!私は小学生の頃から群れるのが苦手で、そのせいでいじめにあっていたのです。年代的な特徴とか性格もあると思いますが、自己肯定感と群れの関係って納得です。

大人になってもいつも群れている人達は、どうみても自己肯定感が高そうじゃない…変なスピリチュアルにハマっている人も、間違いなくそうですね。

自分より弱い人に当たってしまうメカニズム

DVの加害者になる人の多くは、自己肯定感が低い人と考えられるのです。自分を肯定できないのは。自分が「無力」であると感じていたり、「恥ずかしい存在」であると思っていたりするからです。
人間にとって一番苦しいのは、肉体的な痛みではなく、こうした「無力感」や「恥」の感覚だといわれています。
その苦しみから逃れるためには、なんとか自分を肯定し続けなければなりません。そこで、肯定する材料を常に探し求めるのです。
しかし、自分のなかにそれを見出だすことができませんから、その思いは必然的に外に向かうことになります。
自己肯定感が不足している人間にとって外にある、自分を肯定してくれる存在。それが家庭であれば妻(または夫)や子どもであり、会社でいえば部下なのです。自分より弱い立場にある、自分の力がおよぶ範囲の、そうした対象を自分が思い通りにコントロールすることで、自己肯定感しようとするのです。

自己肯定感が低いことが暴力として現れるのは男性に多いといわれています。
そして、このようなタイプの男性は同じような自己肯定感の低い女性を簡単に見抜くし、自己肯定感の低い女性はこのようなタイプに惚れやすいのです…。
ある意味、良い相性ではあるのですが…破滅系のカップルです(;^ω^)
自己肯定感が低い女性の恋愛 20の特徴

小欲知足ー究極の自己肯定感の高め方

自己肯定感と密接に関わっているものに「執着」があります。
お金に対する執着、ものへの執着、地位や名誉に対する執着…。人の執着はさまざまなものに向けられますが、その対象がどんなものであれ、執着が強い人は高い自己肯定感を持つことが難しくなります。
何かを手に入れても、もっと欲しいと欲張るのが執着だからです。
もっと欲しいというのは、現状に満足できないということの表れです。つまり、「いまのこんな自分では嫌だ」と思っているわけですから、自分を肯定できるはずがないのです。

自己肯定感が低い人 30の特徴>執着するでも書いていますが、自己肯定感が低い人は執着が強い傾向にあります。

執着が起こる原因

執着は、「何か足りない」「何か満たされない」という欠乏感や、「私が悪い」という罪悪感、「私にはそれを手にする価値がない」という無価値観自分のことを理解してほしいという気持ちから起こります。

自分を肯定してくれる人に執着する

自己肯定感が低い人は、自分に自信がないため、常に自分を褒めてくれる人や肯定してくれる人を求めています。そのため、その存在を見つけてしまうと、その人に対して異常な執着心を持ってしまいます。物やお金などにも執着します。

自己肯定感が低い人は、自己肯定感を高めることにも執着してしまい、結果として不健全な自己肯定感になる可能性があります

まとめ

全体に納得できることが多く、自分の考えを十分裏付けることができました。
作者の方は禅僧でお釈迦様の考えをベースに書かれているというのも、理解しやすかった理由かもしれません。

最後にでてきた、知足=足るを知るって「今あるもので十分ということを知りなさい」的な解釈が多いのですが、「満ち足りていることを知る」という解釈もありではないかと思うのです。

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